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『人の無力と神の守り』創世記20章

Ⅰ.人の無力
アブラハムがサラを「これは私の妹です」(2)と言ったのは、これが二度目(創12:10-20)。それはウソではない(20:12)。が、妹である以上に妻である。その事実を隠し妹と言った理由は?妻とわかると殺されるが、妹と言えばそのおかげで生き延びられるから(創12:12-13)。が、二つの箇所が示すように、妹と言うと彼女は王宮に召し入れられた。「召し入れる」(2)とは、正式な妻としてではなく、側室(そばめ、愛人)とされることを意味する。「その夜」(3)とは、妻が犯されても夫は何もできない夜。サラには恐怖の夜。アブラハムには後悔の夜。「自分のいのちを救おうとする者はそれを失い」(マタイ16:25)の夜。

Ⅱ.神の守り
しかし、もはや「万事休す」「絶体絶命」のピンチと思われた夜は、人の無力に届く力ある神の守りの夜となった(3-7)。神はその夜、夢でアビメレク王に現れ、彼女に触れないようにされた。サラをアブラハムに返すならいのちを約束し、返さないなら王も民も必ず死ぬと警告し、王は従った。神はアブラハムとサラの夫婦を守り、アビメレクと民をも守られた。

Ⅲ.サラの信仰
 たとえば、サラはアブラハムを主と呼んで従いました。どんなことをも恐れないで善を行うなら、あなたがたはサラの子です。(Ⅰペテロ3:6)

February 4th, 2018 (Sunday)

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